クリアファイルはどのように使えばいいのか
みんながほぼ毎日のように使うクリアファイル。学校の配布物をいれたり、資料をまとめたり。そんなクリアファイルはよく折れたり破けたりします。それを防ぐにはポイントが2つほどあります。一つは意識の問題で、大切に使おうと心がけること。ぐちゃぐちゃにしまったりせず、丁寧に扱いましょう。もう一つはクリアファイルに挟んでいる物の厚さ。薄すぎてもいけませんが、厚すぎてもいけません。ほどよい量をしまいましょう。
私は新卒である大手スーパーの関連会社に入社しました。私は分析系の技術職でしたが、入社した直後から社員研修を受けました。挨拶の際の姿勢から始まり、電話応対、名刺交換など、専門の教育担当者から教わりました。さらに、規模の小さな会社がいくつか集まって行う合同の社員研修にも参加し、様々な会社の人と触れ合ういい機会をいただきました。
「ホームランが効果的に出たね」。阪神の真弓監督は助っ人の一発攻勢を喜んだ。不振のマートンが五回に8号ソロを放ち、八回にはブラゼルが10号ソロ。今季初のアベックアーチとなった。
ブラゼルにとっては通算100本塁打のメモリアル。王手をかけてから17試合を費やした。統一球の影響で思うように打球が伸びず、昨季は35試合目だった10号到達が今季は93試合目。それでも、「それは分かっていること。本塁打は気にしていない」と強調する。
来日4年目。すっかり日本のファンにも溶け込み、「自分の中では、日本で野球人生を終えられたら、と思っている」と話すブラゼル。「とにかく、本塁打よりも、チームが勝つためにヒットで打点を稼ぎたい」。記念のアーチよりも、チームの勝利を一番に喜んだ。
18日の広島戦で先発から外れたマートンも結果を示し、「最近はあまりいいプレーができていなかったけど、いい形で勝利に貢献できた」と久しぶりに満面の笑み。助っ人のパワーを足掛かりに、チームも再び浮上のきっかけをつかみたいところだ。(丸山和郎)
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○日本ハム4−0オリックス●(20日・札幌ドーム)
日本ハム・斎藤が粘り強い投球を見せた。五回限りで降板するまで、オリックス打線に毎回の7安打を浴びながらも無失点。「何か持っているというのがあるのかな」と不思議がる梨田監督。本人は「ピンチが多いので、段々、落ち着いて投げられている。経験ですね」と語る。
一回の2死満塁をはじめ、得点圏に走者を置いた3度の窮地を、いずれも乗り越えた。五回2死三塁では4番・後藤を内角低めのカットボールで空振りさせ、しのいだ。また、降板後の六回には、オリックスが1死三塁から荒金の右飛で三塁走者のバルディリスがタッチアップで同点のホームを踏んだかと思われたが、離塁が早かったとの日本ハム側のアピールでアウトに。同点になっていれば、斎藤の勝利は消えていただけに、運も味方した。
8月20日は、06年の夏の甲子園決勝で早稲田実のエースとして駒大苫小牧の田中(現楽天)と投げ合い、延長十五回引き分け再試合になった日。5年後、プロで2人がともに先発し、勝利を挙げたのも何かの因縁か。斎藤は「甲子園を思い出して投球ができた。(1カ月ぶりの白星を)いいきっかけにしたい」と話した。【武藤佳正】
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インテルに所属するカメルーン代表FWサミュエル・エトーの移籍が迫っている。アンジ・マハチカラとインテルの交渉は、最終局面に入ったようだ。
20日午後、イタリア『スカイ・スポーツ』が報じたところによると、両クラブは基本合意に達した模様。早ければ同日中、遅くても21日中には、最終的な合意に達するとみている。
報道によると、エトーは20日午前、インテルの練習場で個別メニューをこなしたという。その後で、チームメートに別れの挨拶をしたそうだ。おそらく、これがインテルの選手として最後の日になるのではないかと伝えられている。
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サミュエル・エトー
日大三11―0光星学院(決勝=20日)――大会を席巻した日大三打線の猛威は、決勝の舞台でも衰えることはなかった。
七回一死二塁で、主将の畔上。2ストライクからの3球目、光星学院・秋田が投じたフォークは、狙い通りにひざ元へ。「決まった」。確信は、快音とともに打ち砕かれた。打球は右中間を深々と破る適時二塁打に。「自然にバットが出た」という一打を呼び水に、鈴木の2ランを含む3長短打が続き、この回5点。準決勝まで防御率0点台のエースを引きずり降ろした。
畔上は高校入学後、10年前に全国制覇した当時のチームの映像を見て、「すごいレベル。こんな打者になりたい」と目標にしてきた。1日5〜6時間にも及ぶ打撃練習とは別に、合宿所でも仲間と競い合ってバットを振り、「日本一振ってきた自信がある」と言い切る。
質量とも充実した日々の鍛錬は、超高校級のスイング速度を生み出した。球を懐まで呼び込めるようになり、変化球も球筋を見極めて打てるようになった。
ナインを支えたのは、小倉監督に対する尊敬の思いだった。御年54歳にして選手と一緒にアップから練習に加わり、冬の合宿では連日数時間のノックを素手で打ち、グリップを血で染めた。その姿に、「監督さんの野球が日本一だと証明したい」と、選手は、厳しい練習に耐え抜いてきた。
「打てるチームは作ろうと思っても簡単にはできない。よく練習する選手が集まってくれたおかげ」と小倉監督。選手と監督の絆が導いた、2度目の戴冠(たいかん)だった。(西口大地)